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GBA:プロローグ


GBAプログラミングを始めたきっかけ

「ゲームを作りたい!」と心のどこかで常に思っていた私は、「どのプラットフォーム&言語でゲームプログラミングをしようか?」日々迷っていました。

興味を持って試してみたものは、覚えているだけで、P/ECE、ポケットコンピュータPC-G850、プレーステーション2用ソフトBASIC STUDIO、と色々とありましたが、手を出してみるものの、途中で諦めてしまう日々が続きました。

そんなある日の事、雑誌(確かファミ通だったと思います)を読んでいると、雑誌「UNIX USER」にてゲームボーイアドバンスのプログラミング講座の連載が始まるという事で、胸を躍らせて雑誌の発売日を待ちました。

今、調べてみると、その連載記事は2003年6月号から9月号までの4回連載となっており、毎号買っては読んでいました(現在は手元にありませんが、表紙の絵は今も覚えています)。

しかし、プラットフォームがLinuxで開発環境も自分で作ってみるという事で、UNIXのシェルの使い方から何もわからない自分にとっては、始めから大きな壁にぶつかったのです。

自分としては、ゲームボーイアドバンスのプログラミング自体を純粋に楽しみたいと思っていたのに、Cコンパイラ環境を構築する所から始まる連載記事に、私はただ眺めているだけで、何も行動に移さない日々が過ぎ、その後、連載記事がムックとして「Linuxから目覚めるぼくらのゲームボーイ!」として発売されたので購入しました。

このムックには、ゲームボーイアドバンスとPCを繋ぐケーブルの他に、Linuxを起動できる付属CDもついていたのですが、それも試さずに、ムックに書かれているプログラムの内容を途中まで理解する程度でした。

数年が経ち、インターネットからゲームボーイアドバンスのプログラミングシーンがある事を知り、そしてその開発にはdevkitARMというフリーの環境で行われている事を知りました。

「始めから開発環境が出来ている」、「Linux、Windows、MacOSと、マルチプラットフォーム」、「これなら、Linuxの使い方をよく知らなくても出来そうだ!!」と思った私は、サイトで調べてダウンロード&インストールする事が出来、ようやくゲームボーイアドバンスの開発環境が使えるようになりました。

本来なら、雑誌「UNIX USER」連載の時に開発がスタートをする所を、私の場合は、ここからスタートでした。

しかし私は、V-RAMに数値を書き込んだものが、(エミュレータですが、)実行するとその通りに画面に表示される事に、とても興奮し夢中になりました。

「ああっ、自分はゲームボーイアドバンスのプログラミングをしている・・・」そんな感覚が、私を虜にしたのでしょう。

そこで、私はC言語もまだよく理解していなかったので、ゲームボーイアドバンスのプログラミングを通して、学習していきました。

ある程度の理解が出来たので、「何か目標を決めて作ってみよう」という考えで、「以前MSXで解析したゲーム、ICE-MANをこのゲームボーイアドバンスに移植してみてはどうか?」と思いついたのです。

 


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